【研究発表】自分への還り方 番外編 親と和解する
番外編 親と和解する
自分らしく生きる、自分自身であるために、まさに紆余曲折を経てきました。
自分の中では『自分ってこういう人なんだ!』と納得がいっていても、いざそれを周りに開示するとなると話は別です。
今までの仮面をかぶった自分と、素の自分はあまりに違いすぎて、今までの知り合いからどう見られるかが怖くなり、全てを開示する自信がまだまだありませんでした。
そこでものすごく効果を発揮したのが、親とのすれ違いを清算したことでした。
子どもは誰しも、親を喜ばせようと思って生まれてきます。小さい頃は世界の全てが親で、親に褒められるため、認められるために頑張ってきた子も多いのではないでしょうか。
私も例に漏れず、偏差値の高校に行き、大学に行き、社会人になったらしっかり働いて親を楽させるつもりでした。
それはトイレ掃除の一件で叶わずでしたが、フリーランスになってからも、頑張る理由といえば家族のためでした。
家族旅行に連れて行きたい、家のローンを返してあげたい、成績を出した自分を見てほしい。喜んでほしい。
そんな風に思っていました。
しかし、たびたび体調を崩して働けなくなったり、借金をつくったり、ノルマの達成のために親に協力を仰いだりと、現実は全くと言っていいほど、超がつくほどの乖離状態。
ものすごく落ち込みました。
結局わたしは、投資するだけしてもらって、何ひとつ返せてない。
親を喜ばせられなかったんじゃないか?
期待に応えられていないんじゃないか?という不安が常につきまとっていました。
だから本来の自分らしさに気づけたときも、こんなに好き勝手にやっていいのか。先にやるべきことをやってからじゃないと、よく思わないんじゃないか。と、自分を発信することにブレーキがかかっていました。
それを変えたのが、
親に手紙を書いたことです。
昨年の自分の誕生日と、親の誕生日に2回書きました。
内容は、
親が描いた人生には全くならなかったこと、期待に応えられていないことを申し訳無く思ってるということ。
最近周りで子どもが生まれ始めて、親の愛情というのは自分が予想するよりも遥かに、ものすごく偉大だということを知り、そんな愛情を自分に注ぎ続けてくれたことに心から感謝していること。
最初に目指した人生ではないけれども、今はとても幸せで、自分なりに一歩ずつ進んでいきたいということ。
を書きました。
親はそんなことは思いもしなかったと、そんな風な思わせてごめん、どんなあなたでも応援しているし愛していると言ってくれました。
自分にとってはこのことがとてもとても、大きかったです。もう好きに生きていいんだ…という気持ちと、やっぱり大切に思ってくれていたんだという安心感とで、涙が止まらなかったです。
もし、親御さんがご存命であれば、お話しできるのであれば、メールでも手紙でもいいので本音を話しておくことをわたしは勧めます。
お子さんがいる方であれば、どんなあなたでも愛しているよと、元気でいてくれればいいんだよと、赤ちゃんの時に思っていたことを今改めて伝えてあげてほしいのです。お子さんが中学生でも高校生でも40歳でも60歳でもです。
セラピーを受けて棚卸しをしている方でも、5,60代で『親から認められたかった』という方はたくさんいます。
子は親を助けるために親を選んでくると言います。私の場合、それは本当だと思います。自分という存在がいることで、親が満足してくれたのか?というのを30歳手前になっても考えていたわけですから。
親に愛想をつかされているかもしれない、自分は親に対して何もできなかったかもしれない、ということを、わたしは30年間最も恐れていたんだと思います。
いまは、友人たちが子どもを産み、毎日息をしているかまで心配している姿を見て、親が子を愛していないなんてことは絶対にないなと思っています。
息を吸って吐いて、日々楽しそうにしていてくれればそれでいいんだと、私が親でも思うでしょう。心配はしても、それも愛情表現のひとつです。
時間はかかりましたが、親とコミュニケーションが取れたことで、いよいよ自分に還ってきたんだという感覚がさらに強くなりました。
さまざまな事情があって、親御さまとコミュニケーションを取ることができない方もいると思います。その場合は、出さずともお手紙を書いたり、墓前でお話しするだけでもきっと変わると思います。
親との思いが通じあったことで、
冒頭の『自分がどう思われるか』という、人からの評価が全くと言っていいほど気にならなくなり、以前よりも明らかに自由に、クリエイティブに動けるようになりました。
それでは、あと1投稿で自分に還ります。
しばしお付き合いください。
Rita.